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吹禅

地無延管の長尺「吹禅管」を使った“禅”

鎌倉時代、和歌山県興国寺の「法燈国師」が中国から禅の修行の一環として自ら尺八を会得され、さらに尺八の名手四居士を伴い帰朝。国師によって禅と結ばれた尺八がやがて普化宗へと発展し、「吹禅」を体系化した。同プログラムの核となる「吹禅」を通し、禅の基礎となる「呼吸法」を学びます。

虚鐸

現在“虚鐸“と呼ばれている縦笛は 西村虚空(1915 - 2002)創作の竹の縦笛のことをいう。

これは 古来から虚無僧が伝えてきた本曲を 氏が「心を落ちつかせるには 上ずった高音より 低音こそ…」と 古い製管法の研究を重ね 作ったもので 秘伝ともいえるものである。

日本全国を演奏しながら虚無僧としてまわり 厳しい自然に戯れ 多くの人々との出会いのなかで磨かれ 生まれたものである。

それは彫刻家として また武道家としても 卓越した感性と腕前とを持ち合わせていたからこそ 生み出されたものといえる。

虚鐸は 尺八によくみられる中継ぎという方法はとらず 竹本来の特性を活かしてつくられる。

寸法は尺八の54センチより長く だいたい2尺6寸(約78センチ)程を基本とし なかには三尺を越えるものもある。

長くなれば長いほど 低音になっていくのである。

演奏は尺八よりも息を中に吹き入れ 低音のゆっくりした瞑想的な曲となる。
 
最近 長い尺八を虚鐸と称して吹く人もあるが “虚鐸”は長い尺八か?というとそうではない。

笛の中の構造も孔の位置も 尺八とは微妙に違い 氏が意図した曲の方向性にあわせて製管しているため 氏本人が制作したものと その弟子の作った一部のみが“虚鐸”だといえる。

1954年 有楽町・日本倶楽部での「西村虚空の竹を聞く夕べ」で 氏が「阿字観」という曲を吹いたときのことである。「尺八とは全く似ても似つかない。長さも長く 音も違う・・。」「何か縦笛本来の…というような名称をつけたらどうか?」と提案され 普化禅師のことなど話したところ その虚鐸こそ相応しいということになり それ以来 氏の作った竹の縦笛を“虚鐸”と呼ぶことになったのである。

法燈国師は尺八をもって座禅一助の便法、禅定悟得の妙法とした指導理念で「吹簫禅すいしょうぜん」すなわち「吹禅すいぜん」を確立されました。後世この禅尺八が明暗尺八と云われるようになりました。

明暗尺八は西洋音楽と云われる概念とは全く音の扱い方や次元を異にしています。一般に西洋音楽は一符一音で、その音の積み重ねで一曲が成立していますが、明暗尺八では呼吸が基本となり、一音は楔くさび吹きでの一呼一音と云うことで、一呼吸のなかで音が変化して一音を形成しているということです。つまり、禅道修業における数息観に準じた呼吸法で渾身の生気で一管に息を吹き込み、楔吹きの余韻のうちに「ツーレーウー 無韻の韻」という変化曲節で一音が完結するという事です。一曲はその一呼一音の積み重ねと云うことになります。

また吹管は楽器としてではなく法器として扱われ、極力手を加えない竹本来の音味ねあじを尊重した「地なし一尺八寸管」を正寸としています。「吹禅」では吹奏技術とか奏法とかは勿論必要ではありますが、「本曲」と云う言葉が尺八の為の曲を意味するものであると同時に「本人曲」とも云われる様に、更に深い意味で、本当の自己、真実の自己に目覚める為の、禅で云う「見性成仏」の為の修禅の方便であると云えます。

古の普化宗授与の本則には
「夫尺八者法器一也、謂尺八大数也。取三節之中定上下之長短、各有所表。三節三才也、上下之三竅者日月也、表裏之五竅五行也、是万物之深源也、吹之則万物与我融冥、而心境之一如也」
とあり法器としての尺八を吹けば座禅と同じ様に身心脱落して万物と一如となると述べています。